![]() |
|||||||
|
|
|||||||
![]() |
![]() |
||||||
| >>>熊野学INDEXへもどる |
|||||||
![]() 熊野果無山脈 |
熊野という土地は、知れば知るほどいろんな表情を見せ、私の興味を引きつけてやまない。それはこの土地が先人によって崇められ、大切に守り続けられてきたからだろうと思う。路傍の石や、生い茂る葉、それらの存在一つ一つが、まだ神々と人間が仲良く存在していた昔の物語を秘めていて…言葉には言い表せぬほどの感慨深さがある。 |
||||||
|
1.「死と再生の地」 先人にとって、死はやがて来るべきものではなく、与えられるべきものだったようだ。それは「古事記」のヌナカワヒメというお姫様がヤチホコ(=オオクニヌシの別名)にプロポーズされた際に、贈った歌からも分かる。
|
|||||||
| 「青山に太陽が沈んだら夜が来るよ、そしてまた朝日が出てくるよ」、大筋に解釈すればこのような意味になるだろう。しかしまたなんでこんなことをわざわざ歌にする必要があるのだろうか。大いに首をひねりたくなるところだが、よくよく読めば「夜は生でなむ」という箇所が不思議だ。「夜は来る」ではなく「夜は生まれる」になっている。古代では太陽が姿を消す夜という世界は、死そのもの、あるいは死者が住まう冥界と考えられていたそうだ。夜闇にネガティブなイメージを持つなら、このような表現はまずしないだろう。にもかかわらず、夜を「生まれる」と言ってしまうところに、先人のアンチ的な死生観がうかがえて面白い。つまり先人は、死をネガティブに捕らえていなかったということになるのだ。 |
|
![]() |
|||||
|
|
|||||||
|
|