地球という神秘なグラウンドで、人間の魂を健全に保つために様々な分野から呼び掛けていきます。大袈裟な題目がついていますが、要はどうでもいい事を徒然なるままに綴っています
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Location 精神世界商店INDEXアニミズム>03.06.26



 

Naokoがお届けする
彷徨えるボヘミアンに人間のルーツを見る
BUFFALO SOLDIER


     人間は歴史をたどってこそ
       初めて自分のルーツを探り当てることができる
         だから俺に聞いたりしないでくれ
           俺がどこの何者であるかなどと… 
                (By ボブ・マーリー)

 
「言葉を売るボヘミアン」
 
 そのボヘミアンに会うのは簡単だ。環状線に乗り、天王寺駅で下車し、天王寺動物園の公園まで行けば良い。公園は広いが、すぐに彼を見つけることができるだろう。それでも分からなければ、花で飾られ小さな窓のある青いビニールシートの家を訪ねれば良い。それが彼の家だ。雨の日だろうが晴れの日だろうが、彼はいつもそこにいる。そして行き交う人々に、言葉を売っている。
 段ボールの切れ端や新聞紙の切れ端で作ったできあい色紙に綴られた言葉。一本筆で太く波打つように書かれた黒い言葉には、彼のボヘミアン人生が凝縮されている。
 運命を呪う言葉。またその運命に流されるだけの言葉。転がり続ける身の上を語った言葉。涙でにじんだ言葉。笑いがこぼれる言葉。止まない雨にため息をつく言葉。夕立ちの後に訪れる太陽を讃える言葉。空っぽな胃袋を嘆く言葉。満たされた胃袋を幸せに思う言葉。明日を待ち望む言葉。どんな人にも平等に明日を与えてくれる神様に感謝する言葉。
 劇的な言葉ではない。飾られた言葉でもない。そこに綴られているのは、月と太陽とともに過ごし、雨と風とともに過ごし、自由と不自由とともに過ごす、ボヘミアンの何気ない日常の姿だ。我々が置いて来たもの、捨てようとしているもの、削ぎ落としてきたもの、忘れているもの、そんなささやかなものごとの中に、ありったけの喜びと嘆きを見い出す彼の、一人の動物としての、一人の人間としての、姿がそこにある。
 だが、一枚500円の言葉に、誰も見向きもしない。動物園に遊びに来た若いカップルや、家族にとっては、500円が高かろうが安かろうが、どうでもいいらしい。それと同じくらい、彼にとっても、言葉が売れようが売れまいが、どうでもいい。
 ボヘミアンはできあい色紙にこう綴る。
 『明日が来れさえすればまた言葉が書ける。』


「愛犬家のボヘミアン」

淀屋橋のバラ園の花が蕾をつけ始めた初夏、さくらちゃんに、五匹のおちびちゃんたちができた。子供を生むのはこれで三度目だ。さくらちゃんはもう女盛りを過ぎた。おちびちゃんを生むのもこれで最後だろう。
 園内の生け垣をくりぬいて作った、まるでロビンフッドのような、さくらちゃんの御主人様のすまいには、鍋とフライパンが一つずつ。ドッグフードがひと箱。そして鏡がひとつ、枕と毛布が二組みずつ。御主人さまは、いつも鏡を寝床の真ん中に置いている。いつだって女であることを忘れない。
 飼い犬の身でありながら、恋愛を自由にさせてくれる御主人様が、さくらちゃんは大好きだ。暖かくなり、恋の季節になるたびに、さくらちゃんはいつも思う。よぼよぼのおばあちゃんの御主人様が、若い頃どんな女性で、どんな恋愛をし、どんな家庭を築き、何人の子供を育ててきたのか、と。でもどんなに考えても、御主人様の過去は見えてこない。御主人様自身、もう遠い昔のことで、忘れてしまったのかもしれない。なんせ目眩がするほど長い人生だ。唇の端っこに微笑みを浮かべて、おちびちゃんたちを見つめる御主人様の目は、透明に澄んでいる。それは、終焉に近付きつつある人生に、抗うこともなく、ありのまま受け入れているかのように、穏やかな光りだ。
 よく晴れた昼下がりともなれば、御主人様の来客が耐えない。おちびちゃんたちが、家の前でかけっこをしていると、必ずみんな足をとめるのだ。来客が、写真を撮らせてくれと頼むと、御主人様は「こんなよぼよぼのおばあをとってどないするんじゃ」と苦笑いして、走り回っているおちびちゃんたちをかわるがわる捕まえては、「この子をとってくれんか」と差し出す。笑いが起こる。話題がつきない。風が公園の青い匂いを運ぶ。木漏れ日の光は柔らかく暖かい。時間が一滴、一滴、ゆっくりと流れる。きっとみんな、都会の異次元のようなこの場所に、何かの潤いを求めてやってくるのだろう。年老いたさくらちゃんは、そう思う。そして早くなり過ぎたみんなの秒針を、少し緩めてあげたくなる。
 御主人様の顔の皺が、また増える。腰の曲がりがさらにひどくなる。頬の肉が痩せていく。でもさくらちゃんに恐れも哀しさもない。決められた時間をただ歩むだけだ。二人一緒に動物らしく、公園に生い茂る草木と同じ速度で、ゆっくりゆっくり老いてゆくだけだ。

文:ナオコ

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