地球という神秘なグラウンドで、人間の魂を健全に保つために様々な分野から呼び掛けていきます。大袈裟な題目がついていますが、要はどうでもいい事を徒然なるままに綴っています
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Location 精神世界商店INDEX文学と哲学>2001.01.01



 

NAOKOプレゼンツコラム

『タイの一風景』

 わたしは裏ぶれた薄汚い路地にいた。あたりは何とも言えない臭気が漂っていた。立ち並ぶ家屋はどれも電灯などなく真っ暗で、時々その中から波のような人々のどよめきだけが虚ろに響いていた。歩いた距離を考えれば、もうとっくにチャルンクルン通りに着いていていいはずだった。地図を広げたが、それは旅行者用の観光地図で、チャイナタウンのにぎやかなヤワラー通りから離れたこのスラム地帯では、あまり役に立たなかった。それにしても何て暑いのだろう。よどんだ熱気が身体にまとわりつき、気持ちの悪い汗が絶えず顔や背中を伝っていた。
 さきほどから、わたしは自分に向けられる強い視線を感じていた。暗闇の中にいくつもの目がぎらぎらと光っている。視線の正体は、路上に出て夕涼みをしている子供達であった。最初のうち、子供達は遠巻きにしてわたしを見ていたが、一人の少年が「日本人!」と叫んだのを機に、次々に近付いて来て、わたしを取り囲み、身体やカバンに触ってきた。一瞬にして人だかりができ、軒先きでたむろっている大人達も何ごとかと集まってきた。たまらず歩き出すと、長い列を作って、どこまでもくっついて歩いてくる。威嚇しても、にこにこと人懐っこい笑顔を返してくるだけである。彼らは単に異国から来たわたしが珍しいだけなのだろうが、わたしはこの事態に戸惑い、何とかしたい一心で、路地の奥へ奥へと足早に突き進んでいった。
 タイのスラムの夜は長い。それはただ電灯がないから、という理由だけではないらしい。この土地の住人たちは、快活に勤勉に暮らすということを徹底的に嫌悪しているかのように、受動的なのだ。けだるさの充満した空気の中で、何をするでもなく、ただただ路上で泥のように時間を持て余している。夜ともなれば、さらにその空気の密度は濃くなってゆく。それなら時間の過ごし方を考えろと思うのだが、そうしないのは、彼らがそういう暮らしに少しも苦痛を感じないからだろう。後ろを向いて生きているといえばそうだし、精神が豊かだといえば豊かだ。何だかここにいると、老後のためにあくせく働く日本人がバカに見えてくる。
 やっと子供達をまき、ほっとする暇もなく、今度は誰かがわたしを呼び止めた。家屋の前の路上の地べたに座りこんでいる若者二人だった。二人とも体つきは骨張り、まだ伸び盛りの少年の風貌を感じさせたが、顔をよく見ると二十歳は軽く過ぎているようだった。
 その若者たちは、面白いものを見せてあげる、というような嬉しそうな表情で、手招きをした。彼らは向かい合って長い針を手にして、何やら作業をしていた。一人がもう一人の腕に顔を近付けて、針を持つ手を動かしている。手もとを覗き込んでみると、そこには緻密な絵柄の美しい刺青が施してあった。わたしはすぐにぴんときて、こいつは刺青を彫って金を取っている連中だな、と思いすぐに首を振った。が、それにしてはどこか様子が変だった。
 彼らはわたしに何かを要求するわけでもなく、延々と自分達の作業に没頭し始めたのだ。十分交代で互いの肌に針を刺して、墨を入れていく。自分が彫られる番になると、彼らはどちらもわたしに「痛い」とおどけた表情をつくったり、わたしの反応を見て笑ったりしたのだが、彫る番になると一変して真剣な顔で彫り続けた。どこでそんな技術を覚えたのか知らないが、その道を極めた彫師に勝るとも劣らないほど、彼らの腕は確かなものだった。思わず彼らがただのスラムの若者と忘れそうだった。そのうちわたしは自分の勘違いにようやく気づいた。彼らがわたしを呼び止めたのは、単に自分達の行為を誰かに見て欲しかっただけなのだ、ということを。
 日本に戻ったわたしは、タイの寺院の美しさや料理のおいしさや、タイ舞踏のあでやかさよりも、なぜかスラムを満たす自堕落な空気と、そこで見た刺青の若者たちの姿が、一番に印象に残った。それは日増しに強くなっていった。のちにタイの若者たちを取り上げたテレビのドキュメンタリー番組で、わたしは同じような光景を目にした。蛍光灯がぼんやりと灯る蒸し暑そうな部屋の中で、夜通し刺青を彫りあう若者たち。彼らはインタビューにこう考えていた。「なぜ刺青を彫るのかって?これ以外にすることがないからさ。退屈しのぎみたいなものだよ。」
 退屈だから刺青を彫る。この感覚はフェティッシュな遊びに興じる、今の日本の若者たちの感覚とどこか似通ってはいないだろうか。そう考えると、わたしの中で固着していた刺青に対するイメージが、途端に崩れ落ちて行くのが分かった。自分はどこにいるのか、何をしているのか、そんな若者たちの魂の叫びを雄弁に語っているような気がしたのだった。

文:ナオコ

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