Location 精神世界商店INDEX>文学と哲学>2003.09.09
全ての差別主義者(人間)に送るメッセージ
マジョリティ(多数派)とマイノリティ(少数派)の分け隔てを無くせ! そのような観念を臆する事なく一切捨てろ! マジョリティ(多数派)とマイノリティ(少数派)の交流を深めろ!
そこから始めなければきっとまとまらない。 現代に於いても、まだまだ世の中には多数の差別が蔓延っている。 これはまぎれも無い事実なのだ。なぜこのように「人類皆平等」と叫ばれているのにも関わらず、差別が無くならないのか、、、。それはわたしたち自身が一番良く知っている事である。わたしたちは、「自分は差別など絶対にしていない。」と思ってはいないだろうか?しかし、そう思っている時点で「考える事を止めている」=「差別から目を反らしている」事なのではないだろうか? わたしたち人間はどうしようもなく弱い生き物であるが故、自分の理解を超える事(人)を抹殺しようとしがちだ。世間一般(マジョリティ)側に乗り掛かっていれば、間違えなく安泰に一生を終えることが出来ると思っている人が多いからだ。しかし本当にそうなのだろうか?世間から外れた事(人)(マイノリティ)は「見ちゃダメ、聞いちゃダメ、言っちゃダメ」なのだ。しかし、これはマジョリティ側が勝手に決めたルールであって双方が理解を深める上で最も邪魔になるモノなのだ。いわゆる「偏見」というやつだ。しかし、自分はマジョリティ側の人間だと安心している人でも、いつ立場が逆転するか分からない。このことを、一体どれくらいの人が気付いているのだろうか?わたしたちは、いつでもギリギリのラインを歩いているのだ。そのことに気付くだけでも随分差別は減っていくのではないだろうか?分かりやすい例で言うと、、、あなたは小学校時代、いじめを目撃したことがないだろうか?クラスの一人がある日突然集団無視にあったりするアレだ。クラスの多数派に従って自分もその子をいじめていて、気付くと今度は自分自身がそのいじめられる立場になっていたなんてことはないだろうか?もちろんなにかしら原因があっての事だが、その原因というものも集団がつくり出した勝手なルールなのだ。しかもそれは変動的なのである。差別もこれと一緒で、実体のないものが多い。本当に不条理なものだ。 そのような実体の無いものに負けてはいけない。まやかしに目を奪われてはダメだ。目に見えているもの、そして言葉は表面でしかないのだ。自分自身をからっぽにして物事を判断する心の目を養わなくてはいけない。わたしたちがほんの少しの勇気を持てばきっと出来ないはずはないのだ。恐れないで「知ろう」とすることをしなければならない。そして許す事も大事だ。世間的な物差しに振り回されず、人が人として生きて行く上で本当に大切な事を見極めて、その他は融かして無くすのだ。 明日からさっそく実践してみてはどうでしょうか?
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