地球という神秘なグラウンドで、人間の魂を健全に保つために様々な分野から呼び掛けていきます。大袈裟な題目がついていますが、要はどうでもいい事を徒然なるままに綴っています
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Location 精神世界商店INDEX文学と哲学>2003.10.11



 

この世の王国 文 ナオコ

 曲がりくねった海岸沿いの道を、ひたすら自転車で走る。空高くに海鳥の鳴き声だけが寂し気に聴こえてくる。分厚い雲の層からわずかにこぼれる弱々しい光りを飲み込むように、海はどこまでも深く黒く澱んでいた。
 息を切らして一気に上り坂を超えると、天神崎の灘が見えた。自転車を道ばたに止め、コンクリートの堤防から、月面のように奇妙な凹凸を描くただっぴろい灘を眺める。
 灘の切れた辺りから、ごうごうと轟をあげながら、荒々しい白波が押し寄せる。強い風が吹いて、上着や髪の毛を激しく揺さぶる。わたしはふとたった独りでその海を眺めていることに恐怖を感じた。波は今にも自分を飲み込み、得体の知れない場所へさらおうとしているように思えた。


 
 海は母親のようだ。
 穏やかでありながら、時折厳しさを見せる。
 懐かしくありながら、時折見知らぬ表情を見せる。
 柔らかくありながら、時折荒々しさを見せる。
 懐は限り無く広く深く、その内面には無数の命を孕んでいる。
 名もなき小さな水泡を孕み、腕っぷしの強い荒くれた水夫を孕み、闇や光の粒子を孕んでいる。
 波が大きく口を開けるたびに鼓動が聞こえる。
 それは彼女の血に染まった脈動であり、また形のない塊たちの胎動かもしれない。


 天神崎の灘に降り立ち、わたしはゆっくりと海に近付いた。突然わいた謂れもない恐怖心のことを思いながら、波飛沫で艶やかに濡れた岩場を進んだ。足下がおぼつかない。
 怖いのだ。一刻も早くここから逃げ出したい。電気に照らされたコンクリート作りの部屋に戻り、ステレオから流れる音楽に耳を浸し、テレビから流れる他愛もない画像に安堵したい。なのに、そこからいつまでも立ち去り難く、風の冷たさと恐怖に怯えながら、海を眺めている。
 怖いのに懐かしい。
 人間は一度失った庭に畏怖を抱き、力なき胎児の自分が覚醒されることを恐れるのかもしれない。臆病者の祖先は臆病者の文明を築き上げ、母なる姿を排除した。昼間のように明るい夜、甲羅のように固いコンクリートジャングル、受動的世界メディア、この世は憶病者の王国だ。王国の住人のわたしは、海を前にただ立ちすくんでいる。
 海が今、わたしを笑っている。海鳥が頭上で何かの合図のように、一斉に鳴く。わたしは覚えたばかりのカディッシュを口ずさんだ。


 ロングアイランドの墓石の上の青白い太陽の中で カア カア カア からすたちが鳴く
 主よ 主よ 主よ この草の下のかあさんよ かあさんそのものであった僕の半身 そして僕自身
 カア カア 僕の目を いま僕が天使として立っているこの同じ地面に埋めてしまおう
 主よ 主よ 万象の上を そしてまた黒雲の中を巡る星々である大いなる目よ
 カア カア 瞬間の世界で 足を 翼をもぎ取られた その時を呼んでいる
 主よ 主よ 空のエコー ぼろを残して死んだかあさんの魂のエコーの間を吹き抜ける風よ
 カア カア 生まれてからすべての僕の年月 それはひとつの夢だ カア カア ニューヨークのバス 破れた靴 広いハイスクール カア カア すべて主の幻
 主よ 主よ 主よ カア カア カア 主よ 主よ 主よ カア カア カア ああ主よ。

目の前に広がる天神崎の母胎が、繰り返し脈動を発し続けている。
この世の王国の住人は、記憶の奥底で密やかに繰り返し母胎回帰の夢を見る。

「kaddish」アレン・ギンズバーグ著
カディッシュとは精神病で狂い死にした彼の実の母親に対する讃歌である。詩の端々から彼の母親に対する愛情が、また母親の彼に対する愛情がうかがえる。数々の詩を書上げた彼だが、中でもこの長篇は素晴らしい出来である。
 

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