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2003年5月29日「失われた路地を探して」新宮市をサイクリングツアーしました。新宮市は小説家、中上健次の故郷で小説「枯木灘」に登場する秋幸の生まれた土地です。その日は田辺から鈍行に乗り、2時間かけて新宮市に入りました。新宮市駅に到着するとすぐ、除福公園で自転車を借り(無料です!)かつて健次の家があったであろう場所を訪ねました。その後、浮島の森を経由し健次の小説にも出て来る神倉神社へ参りました。この神社はお燈まつりで全国的に有名です。500段の石段を登り切ると新宮市が一望できます。かなりのオススメスポットですが、高所恐怖症の方と足腰に自信のない方は少し厳しいかもしれません。下に降りると「めはりや」でめはりずしを食べました。ここのめはりはすごく美味しくて、食べたのは今回が5回目です。昼からは健次のお墓を訪ねました。結構分かりにくい場所にあるので、訪ねようと思っている方は自分達で探す前にお寺の人に聞いた方がいいです。
失われた路地を探して〜短編小説<中上健次風>
『路地へ』
田辺へ向かう列車の中は、ちょうど下校時間と重なり高校生たちでいっぱいだった。車窓から差し込む、まだ夏には少し遠い夕暮れの日射しも、彼らの制服に包まれたあやふやな輪郭も、笑いを押し殺したようなあどけない囁き声も、都会のせわしない空気の中で過ごしているわたしには眩しかった。どこからか懐かしい匂いが漂った気がした。それは注意しなければ消えてしまうほど微かなものだった。もしかしたら匂いという種類のものではなく、何かの感触や感覚だったかもしれない。さきほどからその正体をはっきりと思い出すことができず、わたしは心もとないような、哀しいような気持ちになっていた。
列車がトンネルを抜けるたびに、目の前に大平洋が広がった。切り立った形の崖や入り組んだ岩場の荒々しさとは打って変わって、海はどこまでも青く穏やかに光を受けて輝いていた。生まれた時から日本海に慣れ親しんでいるわたしは、音を包みこむようなその静けさにひどく心を奪われた。目に映る全てが美しくいとおしく思えた。
「ここらへん一帯が枯木灘や。」
隣に座っていた姉が得意げに窓の外を示して言う。
「ええところやろ。」
姉は昨年、実家から車で約5時間かかるこの土地へ嫁いだ。友達も親も親戚もいない、勝手知らぬ不慣れなところへたった独りで嫁ぐのは嫌だと、嫁ぐ前、彼女はしょっちゅう泣いてわたしに電話をかけてきた。
「誰もわたしの気持ちなんて分からへんねん。これまで泣いて怒って苦しんで闘って得てきたもんが、全部なくなるんや。女は損や。男は捨てるもんはちょっとでええけど、女はいっぱいあるんや。何で女に生まれてきたんやろ。」
それが一年後の今では、嘘のようにすっかり土地に溶け込んでいる。そればかりか、積極的にその地の歴史や文化や自然に触れ、地元の人間が知らないようなことまで知り尽くしているという具合だった。彼女がそれらのことを話す時、いつもその口調にはまるでそこで生まれ育ったかのような愛郷心さえ感じられた。
「ここで育った若い衆は、みんなここから出たがってんねん。こんなところ何にもないつまらんところや言うて。あほやろ。」
そう言うそばから、彼女は自分の言葉の矛盾に苦笑いする。彼女もわたしも高校を卒業した春、そうするのが当然とばかりに、故郷を離れて大阪へ出たのだった。あの頃は故郷の何もかもがうっとおしく、けだるかった。「そんなところにいつまでもおらんと、はよ戻ってこい。」顔を会わすたびにそう言う父親を、心から腹立たしく思っていた。軽蔑していたと言っていい。一度も都会へ出たことがなく、それ以外に行き場所がないのだというように、田舎町にしがみつくようにして刺激のない毎日を暮らす両親が、退屈な人間に思えてならなかった。だから余計に、わたしは彼らが田舎にこだわるように、大阪での暮らしにこだわった。

「後ろを振り返ったらあかんで。恐くて前進まれへんくなるで。」
昼間の神倉神社の石段の上で、息を切らして言った姉の言葉を思い出す。流した汗はすっかり乾いているというのに、その時言った姉の声だけが妙に鼓膜に残っていた。自分の足もとにだけ注意を払い、鳥居から社まで続く石段をわたしたちは登った。そのあまりの急さに恐くて下を見下ろす勇気も、前を見据える勇気もわたしにはなかった。石段は登れど登れど先へと続いていた。やっと社に辿り着くと、真昼の太陽に照らされた新宮の白い町並が見渡せた。
「みてみ。あそこらへんが路地で、あそこらへんが浮島や。もっとあっち行ったら熊野古道の方や。」
嬉しそうに姉は説明した。
「ここで健次も育ったんやで。」
まるで自分の幼馴染みのように、大好きな中上健次の名前を言った。新宮の町は小さかった。立ち並ぶ家や道路はすぐに海へと行き当たり、深い緑の山がそばまで迫っていた。身動きすれば誰かとすぐにぶつかり合うようなこの土地で、中上健次は育ったのだ。どんな思いでここで育ち、またここを去ったのだろう。わたしは小説の一文を思い出しながら、町並に見入った。
『秋幸は日を受けて風に色が変る山の現場の景色が見たかった。水に撥ねる光に目を眩ませたい。秋幸の身体がその快楽を覚えていた。そうやって19以来、その狭い土地で秋幸は暮らしてきた。土の色は秋幸を洗った。つるはしを振りおろして力をこめて土地を掘り起こし、額から流れ目蓋に玉になってくっついた汗で、変哲もない草は明るい緑に光った。』『いま、むしょうに日が見たかった。日にあたれば、何もかもがはっきりと形を取ってあらわれ、草が草にすぎないと分かるように、秋幸が秋幸に過ぎないことが分かる』
胸が詰まったように苦しかった。それが風が運ぶ草いきれのせいなのか、急な石段を登り詰めたせいなのか、見入った町並に答えのようなものがなかったせいなのか、分からなかった。

神倉神社を後にし、昼食に名物のめはりずしを頬張りながら、わたしは姉に頼んだ。
「中上健次の墓参りにいきたい。」
姉は観光地図をカウンターの上にパラパラと広げて、よっしゃとうなずいた。
墓地は思いのほか広かった。行けばすぐにどの墓か分かるだろうと思っていたわたしたちは、何度も墓地の坂を上ったり下りたりして探しまわった。墓地という場所にあまり行く機会がないわたしは、あまりの墓標の多さに驚いた。古い新しいの違いはあっても、どの墓標も同じに見えた。だけどその墓標の数だけの、いろんな人生の始まりと終わりがあるのだ。そして墓標から生まれ出たものの人生がある。その墓標の為に、土地から離れられずにいる人生、また逆にその墓標の為に土地を捨てなければならない人生、目が眩むほどの人生の連鎖がそこにあった。それはわたしの想像など到底及ばないほど広く奥深かった。
「ここどこなん?うちら一体どこにおるん?」
1時間ほど彷徨った頃、姉はふと墓地の真ん中に立ち止まり、気が抜けたようにつぶやいた。
「せっかく遠いところから来て、うちらこんな墓地の中で何しとん?」
「墓、参りに来たんやんか。」
わたしは答えた。それで姉は、そうやな、そうやった、何としてでも探さなな、と再び足を動かした。
お寺の人に場所を尋ねて、ようやく墓参りを済ます事ができたのは、もう帰りの列車の発車時刻に間もない頃だった。わたしたちは無言で墓標に水をかけ、目を閉じて手を合わせた。これだけ時間をかけて歩き回って探し当てたというのに、彼に言うべき言葉が何もないことにわたしは気づいた。そんなはずはないと思いながら必死で言葉を探すのだが、どんなに頑張っても浮かんでは来なかった。姉もわたしと同じなのか、所在なさげにぼんやりと墓上の青い空を見上げていた。わたしたちはいたたまれないような、情けないような表情でお互いの顔を見つめた。
「帰ろっか。」
姉が笑って言った。
坂道を降りた時、遠くから見知らぬ中年の女性が手を振ってわたしたちに呼び掛けてきた。
「あなたたち?」
女性は怒っているような声で叫んで、のしのしと大股で近付いてきた。
「あなたたち?中上健次の墓探してたの。見つかった?」
わたしたちは彼女の迫力に押されながらうなずいた。彼女はどうやら彼の同級生のようだった。
「ほんとねえ、あんな小説書く人だとは思わかったよ。どっちかと言うとおとなしくて目立たない人でね。
いつもぼさぼさの髪の毛で、腰にタオルやらぼろぼろの鞄やらぶらさげて、汚い格好して、一緒に歩くのが嫌だった。東京に行く時に、見送ったんよ。その時も汚い格好だった。」
彼女の話を聞きながら、18歳の中上健次の背中を思い浮かべた。写真でしか見た事ないのに、なぜかはっきりと彼の背中を思い描くことができた。そしてその時、むきになって1時間半も墓地の中をひたすら歩き回った意味のようなものが分かった気がした。日にあたれば、何もかもがはっきりと形を取ってあらわれ、草が草にすぎないと分かるように、秋幸が秋幸にすぎないことが分かる。
列車の窓にへばりつき、姉が指し示した枯木灘を見つめていると、左隣に座った男子高生の一人が、ふざけて窓から頭を出した。「危ないって。危ないって。」ともう一人の男子高生が笑う。窓から夕暮れの風が吹き込み、彼らの髪やワイシャツをはためかせた。姉は窓の外に目を向けたまま、「無邪気やなあ。」とつぶやいた。座席にもたれた彼女の肩に淡い金色の光が降りていた。彼女のうなじの後れ毛が頼り無さげにふわふわと風に揺れ、わたしは妙に淋しくなった。

また懐かしい匂いが漂った気がした。かけがえのない何かをずっと昔から置き忘れたまま、ここまで来てしまったような気がして、自分の身体の一部が欠けているように思えた。今度実家に里帰りに行こう。自然とそんな思いがわたしの頭を横切った。健次の墓を探し回ったように、生まれた町並を歩いてみよう。
文:ナオコ
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