地球という神秘なグラウンドで、人間の魂を健全に保つために様々な分野から呼び掛けていきます。大袈裟な題目がついていますが、要はどうでもいい事を徒然なるままに綴っています
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Location 精神世界商店INDEX熊野に捧げる賛歌>2003.07.19



 

2003年7月19日「失われた路地を探して」、大雨の降りしきる中、新宮市民図書館の中上健次資料室へお邪魔しました。私達にとって初めての訪問です。資料室の戸を開けると、まずはじめに壁一面の健次の写真が目につきました。とっても大きく引き延ばした写真です。その写真の中の健次に見つめられながら10畳ほどの狭い一室を見回すと、どこの書店を探しても見つけることが出来ないような貴重な資料が並べられていました。始めに資料室の方が鍵付きの本棚から出して見せてくれたのは、彼の直筆の原稿でした。中には「奇蹟」の原稿の一部や、彼が誰かに宛てた手紙などがありました。その後、彼のプライベート写真、例の取り壊される前の「路地」の写真、中学時代の文面、映画の脚本等を拝見させてもらいました。中でも私達が目を輝かせたのが、健次の物語群に登場する場所を現在の新宮の地図に照らし合わせて作られたマップでした。生憎、この日は梅雨の終わりを告げる大雨で実際にその場所を訪れる事ができませんでしたが、また近いうちにそのマップを片手にその場所場所を訪ねてみたいと思いました。一通り、健次についての資料を見た後「路地の記憶」と「路地の解体模様」と、熊野大学で必ず始めに流されるという日本では公開されていない彼のドキュメント(英語版)のビデオを見ました。途中、お昼を挟んだものの帰りの電車までの短い時間で全てを見終える事ができました。ビデオを見終え、図書館を後にする頃にはあれだけ酷かった雨がすっかり上がっていました。私達は、せめて健次の家跡(秋幸の生まれた家)を見てから帰ろうと、駅前の空き地を訪ねました。


 

失われた路地を探して〜短編小説<中上健次風>

『路地を求めて』

 アスファルトを叩き付けるような激しい雨が、新宮の町を黒く濡らしていた。雨音と、すぐ近くの線路から響いてくる電車の轟音以外、何の物音もしない。梅雨の午後の町はどこまでも静かだった。
 畳み六畳分ほどのスペースの空き地に、小さな立て看板が立っている。そこが、中上健次の生まれ育った場所、そして彼の小説の中に出て来る秋幸が生まれ育った場所だった。似たような団地が立ち並び、かつての路地の面影はない。戸口に立って、立ち話をする女らの威勢のいい話し声も、井戸に水を汲みに行く小さな子供らの姿も、今はどこを探しても見当たらない。ただ路地の終焉の姿だけが、物も言わずそこにあるだけだった。
 路地は終わりを迎えた。もう三十年ほど昔のことだ。そしてそこから物語りは始まった。
 互いの呼吸の音さえ聞こえるほど狭いその土地に、人々はひしめき合うように暮らしていた。路地が取り壊されると同時に、彼らは分散し、新たな路地を求めて各地に旅に出た。その中にまだ18歳の中上健次もいた。彼は高校を出てすぐに、東京へと向かったのだった。
 わたしは再び思い出す。二ヶ月ほど前、新宮の町を見下ろす位置にある彼の墓に行った。彼の墓前にしゃがみ込み、わたしは手を合わせた。緑の木々に切り取られたような、初夏の青い空が見えた。遠くに熊野の山々、そして海が見える。彼はこの土地を死ぬまで描き続けた。一生涯かかって描きぬくほどに、一人の人間を筆に向かわせたものは、如何なるものなのか。それほどまでに真摯に描くべきものを、わたしは何も持たない。彼にかけるべき言葉を失った。わたしは、墓標を前にして、ただ黙り込むばかりだった。その帰り道、中上健次と同級生だったという、一人の女性に出会った。彼女の昔話を聞き、東京へと旅立った18歳の彼の背中が見えた気がした。
 それはやはり、気のせいでしかなかったのだろうか。雨は激しく降り、止んだと思えば、今度は風とともにさらに激しく降り始める。秋幸は、日と共に働き始め、日と共に働き止んだ。蝉の声に染まり、風に染まり、風景に溶け、光に溶けた。その光が、今日は見えない。どんよりとした梅雨空が、わたしから秋幸を遠ざけようとする。
 さきほどまで見入っていた、フイルム映像が目に浮かぶ。新宮図書館の資料室のテレビのブラウン管が、路地の風景を映し出していた。木片をつなぎ合わせただけの質素な家々が隙間なく立ち並んでいる。どの家も隣家の軒先に突き出るように、たくさんの洗濯物が干してある。明るい外の日射しとは正反対に、家の中は薄暗くひっそりとしている。表札の文字が掠れて読めない。台風が来ればすぐに吹き飛んでしまいそうなとたん屋根は、赤黒く錆び付いている。よく日に焼けた皺だらけの老婆がビデオカメラに近付き、何かを喋りかける。撮り手が何かを言ったのか、老婆は口を開けて微笑む。フイルムに映り込むもの全て、遠い記憶の断片のように、くすんだ色合いをしていた。
 路地を出て大都会に住み着いた中上健次は、誰一人として彼の失った庭を知らない者の中で、もがき苦しみ、試行錯誤し、原稿用紙に向かったのだろうか。その時からすでに、くすんだフイルム映像は、どこへ行こうと、何をしようと、彼の心の中に居着いていたのだろうか。自分の身体を溶け込ます光を求めて、彷徨い歩いていたのだろうか。
 破壊と終焉のその後、秋幸が身体に受けていた熊野の日の光は、小さな小さな粒子となった。その光は、どれほど眩しく、どれほど熱く、どれほどの明るさで路地の輪郭を浮かび上がらせていたのだろうか。その残滓のようなわずかな光の粒子を、どこまでも追いかけてみたいと、わたしは思った。
 撥ねた雨のしずくが、赤いスニーカーにかかる。日は厚い雲の層の中に隠れ、あらゆる輪郭は陰っている。立て看板の縁から、雨垂れが流れ落ちる。それをぼんやりと目に映した。日が出て、全てをはっきりと照らし出すまで、何度もここへ足を運ぶことになるだろう。田辺へ向かう列車に乗り、車窓から流れ去る新宮の町並を見て、わたしはそう思った。
2003/7/23

文:ナオコ

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